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書いとかないと頭から離れないから

社長:君としては、●●君との将来を期待して考えていたの?

女性:期待して、、、・・・はい、期待していました。

ただそれは最初の前提として、私は●●さんが離婚をする直前だと思っていたから、、

だけど最終的には

「離婚のりの字も考えたことない」

と言われました。

「それは話が違う」「あの時はこう言っていた」

と言ったのですが、

「ごめん。俺その時は多分本当にそう思ってたんだ。」

と言われました。

本当に、そうなんだろうな、と思います。

本当に、その一瞬はそう思っていたんだろうと、

ただそれだけなんだろうと、、、

「●●さんは、若い頃に結婚して子供二人と奥さんがいる自分が好きなんだね」

と言ったら

「俺のことよくわかってるじゃん」

と言っていました。

●●さんが、子供二人と奥さんがいるという社会的ステータスを

そこまで大切にしているということが分かった以上、

それを捨ててもらってまで一緒になりたいとか、そういうことは今では考えていません。

 

 

 

頭から離れない、、、自分の言った言葉が、、、、、

これから消化しなくてはいけないこと

人生の大大大先輩の方から

 

「まぁ、いっか。自分が責任を取ればいいんだから」

こうやって割り切ればいいいの。

わかる?この、「まぁ、いっか」って感じ。

 

と何度も何度も話していただいた。

 

 

 

・・・・・まだよくわからないT_T

派遣について

5年目。

派遣の営業。

もう直ぐ終わるけれど。

やっていて思ったのは、やっぱり、請け負いたいということ。

だって人材って、成長が要なんだもの。

 

「派遣」っていうのは登録に来てくれた方のこれまでのスキルを活かして

どこかの場所を提供し、そこでさらに付加されたスキルを活かして

どこかの場所を提供する感じ。

そこに、人材育成をどう組み込めるかが肝だと感じていたけれど

やっぱり「請負」で

人材育成について真正面から向き合い知恵を絞り自分を捧げることがしたいの。

自分もプレイヤーをしたいし。

したいと思ったなら、しよう、私、ということで、するぞ!

4月からについて

あそこに来るメリット、とか、そういうことを追求すると

よくわからなくなる

 

それよりも自分がやりたいこと

感度抜群の完全なるパイプ、

つまり、この人のここすごい!、これのここいい!、を

できる限り100%の純度でいろいろなところにつなげること、

これができるように

わぁ!って思うことを日々日々日々日々見つけて繋げて拡散することをする

 

むずかしいことをしようとか、何かしなきゃとか、

自分から出たことではない外部からの刺激を無理やり自分発信にしようと

背伸びしてたのかな。

ふと思い出して楽になった言葉

自分が広報担当になるなんて、

うまくやれるかな、、いいアイディアがポンポン出るかな、、、

うぅううううう、、、、、

 

何て考えていたけれど、

 

ありのままの自分でできることをしよう

しょうもない自分だったらそれが自分なんだからそこから一つずつ足していこう

まぁ。大丈夫でしょう。

 

なんていう気持ちに自然となって、急に気が軽くなった時に

ふと

中村天風先生の

怒らず・恐れず・悲しまず 正直・親切・愉快

を思い出して心があったかくなった今日。

いつだってありがたい言葉だけど

この言葉を忘れるくらいなぜか力み過ぎていた最近は、

思い出した時に、これまでよりも一層、言葉のありがたみがしみたなぁ

 

なんか、嬉しいな

次に進めてる感

去年の失恋についてダラダラと引きずっていたけれど

近頃ようやく

次に進めてる感がある。

それは、デートしてくれる相手ができたからとかそういうことじゃなくて、

当時のことを思い出して、

「戻りたい」

とは思わなくなったから。

思い出して、無性に、「戻りたい」、と思っていたのは

いつまでだったかな。

ようやく

「あれはあのタイミングで終われてよかった」

と思えるようになれてきたこの心の状態に、次に進めている、という感じがしている。

クリエイティブのクオリティってなんだろう

23日の会合以来、クリエイティブのクオリティについてモヤモヤモヤ

B to Bであれば結果を出せる販促ができたかどうかでわかりやすい

しかしてターゲットによっては、

クリエイティブ、

自体のクオリティは頓着しないかもしれない

何が言いたいのかというと、グラフィック的な見た目のデザインでいわれる、

下積み時代の「猛烈な数こなす時期」が本当に必要なのかどうか、

そこで得られる一定レベルの常識・規範といわれる感覚が本当に必要なのかどうか、

よくわからないということ。

 

B to Cであれば、もっとわかりやすく、それはいらない、という立場に立てる。

だって、好きな人や知ってる人がつくったものだからこそ得られる購入の喜びとか、

だからこそ得られる使う時の喜びとか、あるし。

モノやサービスを自分の人生に取り入れる目的は、

自分が喜びを感じたり幸せを感じたりすることだから、

そこでは、そのモノやサービスが一般的な基準のクオリティレベルに達しているかどうかは、

考えなくてもいいのよね。